2017年1月9日月曜日

ちょっとした高津の富

お参りしようと並んでいると、拝殿のど真ん中でブルースの演奏。
ヤスムロコウイチさんという、これがまたカッコいい。


初詣客はまだ多く、自然とシンガーを拝むことになる。
それにしても、こんなところで演奏OKとは神社も気前がいい。


高津宮のとんど祭りは屋台の質の高さが有名で、
大阪の飲食店の名店がこの日に限って屋台を出す。
あまりグルメではないぼくでも知っている、
ながほり 、レオーネ、ビーフン東など、名店がずらりと並んでいた。
境内で所狭しと酒を飲み、飯を食う。

 場所がないので池で食う。池は水が引いているにはいたが。


高津宮といえば富くじ。
「高津の富」という落語でも有名な話がある。

淀屋橋のみなみ大川町にあった宿屋に「鳥取の大金持ちだ」と大ホラ吹きまいて宿賃を踏み倒そうとする男がやってくる。大金持ちと言った手前、宿のおやじにすすめられた富くじを断り切れず、なけなしの一分でくじを買ったところ、その富くじが本当に千両当ったってしまうという話。 

「東海道中膝栗毛」でも高津の富くじは描かれている。主人公の弥次さんと喜多さんが富くじを買って、後日、発表の日に境内のあたりくじの掲示板を見に行くと、なんと当たっていた。賞金をもらおうとしたが窓口が閉まっていたので、また明日取りにくればいい、今夜は宴だと、飲めや食えや女郎屋に行くやで散財するも、翌日見ると当たりが「卯ー67番」だったが自身のくじをよく見ると「丑ー67番」だった、というお話。

逸話あふれる高津の富くじなので、買わないわけにはいかないのである。
1枚300円のくじを2枚、験担ぎに、ぼくより運がよさそうな子どもに買わせる。
あたりくじの発表があるということで拝殿の前に行くと、数百人は集まっており、
かつての高津宮もこんなに賑わったのだろうかと往時を思い浮かべる。

当たりくじを司会の落語家とアイドルが時折茶々を入れながら次々と読み上げていく。
賞金は、お食事券5万円分、米20キロなど
かつてのように金何両というわけにはいかないが、当たればうれしいものである。
とはいえ、あたることなく、一番最後の発表が来た。
最後の賞品は、旅行券10万円分と一番豪華である。
司会者がためにためて当たり番号を読み上げていく。

「卯の3・・・・0・・・・9・・・・・」

そう、ぼくの手元にあるくじは「卯 3098」
あたれ、あたれ、と手に汗握ってアナウンスを待つ。

「・・・・・・・・・・・・・・7!卯の3097でーす!」

結局 1番違いというオチ。
ちょっとした「高津の富」を味わえたということで、
まあ600円以上の元はとったか。


ハズレくじはその辺にいたお兄さんに貼っておいた。


拝殿から降りてくると、元憂歌団の木村充揮さんの生演奏。
ダミ声が神社に響く。ああ、なんと大阪らしく、庶民的贅沢にあふれた祭り。
高津宮のとんど祭り、音楽と酒ととびきりの屋台の飯があり、
のんべえにはたまらない祭りであろう。
お兄さんはシールの剥がし時がわからないままずっと祭りの渦中にいた。

(高津宮)