2014年5月29日木曜日

広告の神様がくれたもの

本日は、リーガロイヤルホテルにて授賞式。


佐治敬三賞という立派な賞をいただいた。

佐治敬三賞の説明は以下の通りである



本賞は、大阪広告協会創立20周年事業(1967年)に、サントリー株式会社の協力を得て、大阪広告協会サントリー奨励賞として制定された。以来、広告技術の向上を目的に、常に広告文化の新しい時代を拓く若きクリエイターを顕彰してきている。サントリー株式会社 佐治敬三氏の広告クリエイターに対する限りない期待と当賞への情熱を称え、2000年より大阪広告協会“やってみなはれ”佐治敬三賞と改められた。
とても簡単に言うと「関西でもっとも勢いのある広告人に与えられる賞である。 一連の商店街ポスター展が評価されての受賞であった。受賞理由は以下の通り。


広告は、単に物を売るためだけのものではなく、人を幸せにする力や感動や共感を呼ぶ力を持っていることを身をもって体現した。メディアが多様化して次々に新しいことに目が向いていくが、一連のポスターや看板が、広告の原点を見せて、多くの感動を呼んだ。

セルフ祭に呼ばれ、その後、ポスター展をはじめてから、まさかこうなるとは思いもよらなかった。賞をもらうためにやっていたのではなく、商店街とポスター制作者の若手を思ってやっていた。偽善のように聞こえるかもしれないが本当である。自身がこの賞を応募していた5、6年前は賞が欲しくてしかたなかったのに、私利私欲を捨てるとこうなるのである。何だか仏教の教えのような結果になっている。 そして、やるからには徹底的に遊ぼうと思った。ポスターをつくるみんなが思い切り羽を伸ばせるようにと。だから、それぞれのポスターがおもしろく、結果、このプロジェクトが成功したのだと思う。





楯には関西の二人の財界人の署名がある。

2人大阪商工会議所の佐藤会頭の署名があった。
佐藤さんは大阪広告協会の会長であり、京阪電鉄のCEOでもある。

会頭は文の里商店街に実際に足を運び、ポスターをiPadで撮りまくり、

「これはおもしろい、これは露骨やなあ」と1つ1つをしっかりと見定めた後、
商店街にあるGOAGOAという狭いBARで肩を並べて一杯をともにさせてもらった。
「ぼくは昔、宣伝担当してて、広告が好きでねえ」
と写真を撮ったポスターを1枚1枚みながら作品を振り返っていた。
本当に楽しそうであった。
「商店街にお金を落とさないかん」とたくさん買い物をし、
お酒を飲んで、みんなにおごってから帰っていった。
一介の会社員や、店主などに対しても偉そうなところは1つもない、
度量の大きな方だった。

楯には、もう1つ、佐治敬三氏の「夢」という文字があった。
佐治さんはサントリーの2代目社長で日本に洋酒文化を確立させたり、
サントリーホールを作ったり、日本の広告界を引っ張ってきた人。
日本広告協会(今のAC)を設立し、
佐治さんの「やってみなはれ精神」に支えられた
サントリーのとがった広告は日本の広告をリードしてきた。
まあカリスマの企業人である。その佐治さんのことを調べていると

「猛烈に働いてもいいが、猛烈に遊ぶということができないといけない」


と佐治さんがと言う発言が出てきた。
今回の受賞はセルフ祭で新世界の仲間たちと猛烈に遊び、
ポスター展で電通のスタッフたちと猛烈に遊んだ結果である。
という意味で空の上の佐治さんも喜んでくれているはずである。

これからさらなる「大きな遊び」を自らで作って、みんなで遊びたい。

一緒に遊んでくれたみんな、ありがとう。

そして、二人の名前が入ったこの楯は宝物だ。






最後に自身が受賞のコメントを述べる。
内定が決まってすぐにFacebookに書いた文章が
当時の歓喜の温度感が残っているので、ここに転載する。

その前に告知を。
以下の日程で受賞パーティを開催します。
佐治敬三賞受賞者は賞金50万円を使って派手に
受賞パーティをしなければならないという暗黙の伝統があるである。
「佐治敬三」という名前に負けない、猛烈に遊ぶ宴会をいたします。
アホに盛大に、食事は商店街のものをご用意。
場所は、宇宙の宴会場、味園ユニバース。
誰でも参加OKなのでぜひお越しください。
なるべく安くしようと思います。
出席希望の方はぼくまでご連絡ください。

7月25日(金)19:00〜  味園ユニバース 

申し遅れましたが、スーツは自前です。



佐治敬三賞なる大変ありがたい賞をいただきました。

意気揚々と電通に入ったけれども「働く前に世界を見とかな」と思って旅に出て、内戦中のアフガニスタンなんか見たら、気持ちが180度変わって「わ、おれ入る会社間違えたかも」と思ったら、やっぱりそうで「なんで必要なものがまったくない国があるのに、不必要なものを売る手伝いせなあかんねん」「資本主義の手先になるなんていややー」と入社して数年間は何度やめたいと思ったか、どこか旅したいと思ったことことか。広告は天職ではないという考えをずっと引きずりながらも、ただ自分が臆病で辞める勇気がなかったから広告を続けていて、自分を広告にあわせようと必死に言い聞かせて、大きな賞はもらったけど、そんな無理がたたったのか病気になって、仕事休んで、そんなときに子どもができて、妹を亡くして、震災が起きて、自分に残された時間は限られているということをしみじみと感じて、人生のギアを入れ替えて、生きるスピードをあげて、特に遠慮している時間と恥ずかしがっている時間を捨てて、そして、自分を広告にあわすのではなく、広告を自分にあわせた。それが、今回の賞につながったんだと思う。これからずっと広告続けるかわからないし、今後何してるかわからないけど、「これでよかったんやで」と神様に言ってもらえたようで、うれしいというかほっとしたというか。

ぼくみたいな人間がこの賞をもらえるということは、「広告が好きでたまらない人間」ではなく「広告ってどうなんやろう?」とうじうじ立ち止まっている人たちにも希望があるということで、そんな人たちも、自分を無理して広告にあわすのではなく、広告を自分にあわせて、より広告と世の中を豊かにしてほしいとおもいます。

こんなお金をまったく生んでいない仕事を認めてくれた審査員および大阪広告協会の方々に感謝です。新世界市場、文の里商店街のみなさん、大商のみなさん、「やってみなはれ」と後押ししてくれた上司の方々、ポスターを作ってくれたみんな、セルフ祭のみんな、家族のおかげです。みなさんの力がないと受賞はありえませんでした。本当にありがとうございました。

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